注意深く、聴き手の反応を見て慎重に言葉を選んで話を運ぶ方である。同店で提供される、素朴で、独特の滋味をもつイタリアの自然派ワインの味わいを彷彿とさせる実直な語り口。事前に拝見していた、華やかなプロフィールから受ける印象とは裏腹に、誠実で、まじめな人柄がしのばれる。
皇居のお濠で悠々と羽をのばす水鳥の姿を横目に、広々とした庭園空間も心地よい東京ミッドタウン日比谷へ。この春2周年を迎えるこのランドマークの3階に門を構えるのが、人気イタリアン・サローネグループの最新店「SALONE TOKYO(サローネ トウキョウ)」である。直線とスクエアなフォルムで構成された気品高いメインダイニングには、ディスプレイされたあまたのグラスたちが窓からの光を反射してきらめいている。この日はインタビューのため、紫と黄金を基調とした同店の個室をお借りしてお話を伺った。
▲SALONE TOKYO
▲SALONE TOKYO
2002年から3年間シチリア島での修業を積む。海沿いのパレルモでの経験を経たのち、ピアッツア・アルメリーナという山にほど近い地域のレストランに移った。樋口シェフはそこで、出会ったのだ。
「羊飼いと羊たちが毎日目の前にいる場所です。お菓子の乳もすべて羊、もちろんチーズも羊と山羊のものです。連れられて歩いている羊たちの中から、シェフがこれとこれ、と選ぶんです。」
選ばれた羊はすぐに、その日のスペシャリテとなるべく解体される。1日数頭、それが毎日、毎日である。常時、解体があるので、レストランで使われることがほとんどない頭の部分はまかないとしてよく食べていたそうだ。
「ニンニクとオリーブオイル、ローズマリーで羊の脳みそをマリネして、オーブンで焼いてまかないで食べていましたね。最初はいいんですけど脂っこくて、だんだん食傷気味になりましたが。」
羊の解体や下処理の仕方もこの時に身につけたという。渡伊前にかなり勉強して修業にのぞんだ分、現地では答え合わせをしていくような楽しさがあったそうだ。
「歯の処理なんかも、途中で教えてもらうまで知らなかったので歯が付いたままローストしてしまったり、羊の肺の旨さに驚いたり。ミートソースにするものはミンチ機なんか使わないで、手と包丁でざくざくみじん切りにしちゃうんです。家庭で料理するおばあちゃんたちは関節に上手にハサミを入れて。上手いもんですよ。」
景色にも羊、仕事でも羊、舌でも羊。好きだけでは語れない苦労がたくさんあったそうだが、まさに羊にどっぷりと「浸かる」ご経験。
「たまに海沿いの友人に会いに行くと、『お前、羊臭いぞ』って言われるんです。実際そんなことはなかったと思うんですけど…毎日ですからね。」
海外旅行に行くと、到着した旅先の空港で空気の香りの違いに驚かされることがある。海風に慣れた友人の鼻が羊の香りに敏感だったのか、いまでは知るすべがないが、印象的な話である。
そこでは、人々の生活から羊を切り離すのは不可能だ。文字通り羊に囲まれた濃厚な日々を過ごす中、樋口シェフは現地の調理方法に惹かれていく。
「マリネした羊を冷蔵庫に入れて味を染ませて、翌日取り出してオーブンで焼くんです。部位ごとになんか分けてないから、骨の近くとそうでないとこの火の入り方がそれぞれ違うでしょ。それを、火が入って食べごろになったところから順番に食べていくんです。下に敷いたレンズ豆には味が染みていって。」
立ち上げ時にシェフを務めた「ロットチェント」の人気メニュー、「子羊のしっとり焼き」の原型である。今後についても意欲旺盛だ。
▲ロットチェント
▲子羊のしっとり焼き
「羊に関していえば、その時のシチリアでの体験をもっと掘り下げたいですね。さらに羊を知っていくきっかけがほしい。そして、その経験や感動、発見をお客様に共有してもらえるような料理をしていきたいです。シチリアにいらしたことがある方が懐かしいと思ってくれるかもしれないし、初めてだけど親近感を感じてくださる方がいらっしゃるかもしれない。僕は僕のストーリーを、料理を通じてご提供する。僕自身、あまりロジカルな説明をするタイプじゃないんです。思い入れがないと響いてこないでしょ。」
大変な処理のあれこれや、面倒な点も含めてまだ羊を知りたいとおっしゃる探求心。他ジャンルで興味のある羊料理を上げてもらうと、意外な答えが返ってきた。
「中国東北部の羊串ですね。大阪の手ごろな店で出会って、何回か通いました。独特の香辛料でシチリアとの共通点もしのばれるし、干し豆腐もフェトチーネにそっくりで、歴史的背景を想像するのも楽しい。あとは、別のお店で韓国からの留学生の子が作ってまかないみたいに出してくれた辛い羊のスープ。あれもスパイスが効いてて。うん、異国情緒があるのが好きなんです」
正直、インタビュー開始時には、「警戒されてしまっているな」と感じていた。会社に属されているシェフということもあり、どのように書かれるのか、ご不安なのではと懸念していた。が、ご自身の探求心の赴く先に話が及ぶと、考古学好きな男の子のような無邪気さがにじむ。
「ところで、この記事なんですけど」と、取材道具を片付け始めるころにシェフが口を開かれた。「オチはどうやってつけるんですか?…実は、取材を頂く前に以前の記事を読んでしまって…気になるんです。」
インタビュー終了間際には、少し恥ずかしがり屋の少年が顔を出した。
驚きや発見の喜びを内包した、自身の「物語」を、料理という表現で発信し、お客様に「味覚の経験」を提供しつづける樋口シェフ。今後を楽しみに、彼の紡ぐ物語を読み進めていきたい。
[取材後記]
テイクアウト・デリバリー・WEBSHOP及びレストラン営業の最新情報については、SALONE TOKYOのFacebook、およびInstagramを参照されたい。WebショップPでは、「羊好きのための究極の仔羊ラグーソースパスタ」などシェフの羊愛をしのばせるメニューがお家で楽しめるセットも登場している。
樋口 敬洋
1976年 東京生まれ。高校卒業後、料理の道に進む。
2002年 渡伊し、「バイバイ ブルース」(パレルモ)、「アル・フォゲール」(ピアッツア・アルメリーナ)などシチリアで3年間修業を積む。
2006年 「リストランテ シチリアーノ」(東京・銀座)のシェフに就任。
2007年 「SALONE 2007」のダブルシェフの一人を務める。
2010年 「イル テアトリーノ ダ サローネ」(東京・南青山)のシェフに就任。
2011年 シェフを後任に譲り、統括総料理長としてグループ店舗全体を総括する。
2013年 浅草開化楼のカリスマ製麺師・不死鳥カラス氏と低加水のパスタフレスカを共同開発、その後パスタ専用粉の開発も手がける。
2016年 「ロットチェント」(東京・日本橋)オープンに伴いシェフ就任。
2018年 東京ミッドタウン日比谷「SALONE TOKYO」オープン。同店シェフとグループのエグゼクティブシェフを兼任。
【店舗詳細】
●店舗名:L’ottocento(ロットチェント)
●電話番号:03-6231-0831
●料理ジャンル:イタリアン
●住所:〒103-0016 東京都中央区日本橋小網町11-9 ザ・パークレックス小網町第2ビル1F
●営業時間
[ランチ]11:30〜14:30(L.O. 13:30)
[ディナー]17:30〜22:30(L.O. 21:30)
●定休日:無休
●座席数:38席
●個室の有無:無
●禁煙席有無:全席禁煙
●URL:http://www.lottocento.tokyo/
【店舗詳細】
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