仕事柄料理を仕事とする方に多く会うのですが、本当に色んなタイプの方がいます。当たり前の事ですが、同じ職業でもこんなにタイプが違うのか! と驚くほどです。その中で、特に私が好きなタイプのシェフが「好奇心旺盛で料理が好きで、人に料理を提供することが楽しくてたまらない」タイプのシェフ。このタイプのシェフとお会いするとこちらも楽しくなりますし、好きこそものの上手なれ! で、料理も美味しいのです。今回お話を伺いました永島シェフもこのタイプのシェフで、話していて「料理が好き!」との思いがひしひしと伝わってきました。
永島シェフは新潟県上越市出身。ご実家も洋食などを提供する料理店で、子供の頃から家業として料理人の姿を見ていたことから、自然に料理人を志し、19歳の時に料理の世界へ。将来自分の店を持ちたいとの思いから「フライパンひとつで様々な料理が作れ、少人数でも回しやすい」とイタリア料理の世界へ。その後、掘れば掘るほど無限に広がるイタリア料理の奥深い世界にどんどんと魅了されていきます。
日本でイタリア料理のシェフとして働くうちに、イタリアで本場の料理を学びたいとの思いが強くなっていたある日、その時勤めていたお店のイタリア人シェフに「その料理、面白いけどそれはイタリアンじゃないよ」と指摘されたことをきっかけに、「だったら、直接行って経験してこよう」と29歳で渡伊。そこから5年半に渡り、ロンバルディア州、ヴェネト州、リグーリア州、エミリア・ロマーニャ州、トスカーナ州、シチリア州の星付きレストランなど計8店で仕事をし、多くの経験を得るとともに地域による料理の違いと種類の多さに驚いたそうです。
「イタリアは東西に長い国で、南と北では食文化どころか文化や考え方も違う。もちろん料理も全然違います」。シェフのお話を伺ううちに、自分がイタリアという国を平面的画一的に捉えすぎていた事に気付かされました。
▲シェフはロンバルディア州、ヴェネト州、リグーリア州、エミリア・ロマーニャ州、トスカーナ州、シチリア州のお店で働いていた。 参照:紀行地図
イタリアと言うとオリーブオイルのイメージが強いですが、北部ではほとんど使わないそうです。それは、オリーブの木が育たないから。北部と言うとアルプスの麓。考えればオリーブが育たないことが分かります。しかし、そこまで考えが至っていなかったなと。
「クスクスはアフリカなどのイメージがありますが、シチリアでも食べるしフランスでも一部の地域でも昔から食べます」。クスクスはたまに素材として見ますが、新しく取り入れたものかと思いきや、以前より普通に食べていたものだとか、食文化はその国によって分かれるのではなく、国境を境にグラデーションがかかるようにお互い影響しあっているという、陸続きの国家の特徴を改めて感じました。
個人的に、食文化を通して他文化を知ることは、最も気軽な他文化理解だと考えていますので、お話を聞いていくうちにイタリア料理や永島シェフの経験を通して、私の中でのイタリアのイメージが再構成されていきました。
話が羊の事に及び、5年半のイタリアでの生活の中で最も長く居たお店「Locanda San Lorenzo(ロカンダ・サン・ロレンツォ)」の話を聞かせていただきました。そのお店は、毎日頭や内蔵付きの羊肉が1頭届き、その処理をするところから仕事が始まるそうで、熟成させ、細かく部位分けした後、料理に使うとのこと。日本だと、頭や内蔵付きで羊肉がまるごと届くことは無いので、それだけとっても、イタリアの文化にどれだけ羊肉が当たり前に根付いているかがよく分かります。
「その羊肉を様々な料理に使っていくのです。肉だけではありません。チーズもです。羊毛も含めて羊は捨てるところがありません」。肉はブロックで届き、羊毛は産業廃棄物扱いとなってしまっている日本とは違う、家畜とともに大昔より生きてきた食肉に慣れた民族としてのイタリア。明治以降に肉を食べるようになった日本と違う、継続して食肉と付き合ってきた民族の肉との付き合いの深さに改めて驚かされます。
今回、こちらのロカンダ・サン・ロレンツォの名物料理「デグスタツィオーネ(羊のコース的な意味)」が、永島シェフがダブルシェフの一人として任命されているサローネTOKYOで期間限定で登場。ロカンダ・サン・ロレンツォのテイストを活かしつつ、夏なので、これもシェフが働いていたお店のあるシチリアの要素を取り入れた夏らしい一皿にまとめたとのこと。
▲一皿なのにまさにコース。ロカンダ・サン・ロレンツォの名物料理「デグスタツィオーネ」
実際に試食させていただきましたが、まさに一皿なのにコース。使用しているお肉は「オージー・ラム」。はっきりと羊らしい主張が欲しかったのでオージー・ラムをチョイスしたと永島シェフ。それでは、早速この一皿の内容に移っていきましょう。
シェフにお話を伺いながら手前より逆時計回りに頂いていきます。まずはロース。クミンやフェンネルが効いている濃厚な羊の旨味。「最初に羊とわかりやすい味からスタートさせたかった」という事で、脂もしっかりと羊の風味が主張し美味しい。シチリアは様々な国の文化の影響を受けているということで、脂肪の間に入っているフェンネルとクミンが、イタリアンと言うよりは中東などの料理を思い出させます。
そして、次に続くのが肩ロース。脂肪と赤身が丁度いいこの部位を低温調理し、羊の様々な部分を煮出したソースを絡めている。ソースがしみこんだクスクスは濃厚な旨味。ここまで濃厚で旨味を持ったクスクスは初めてかも。
濃厚な旨味の後は、シェフが「しゃぶしゃぶ」と呼ぶ羊のフィレ肉を軽く湯通ししズッキーニで巻いたもの。上品で油の少ないフィレと爽やかなスペアミントの香りで、口の中がさっぱり。その隣のじゃがいもとケッパーソースの上にのっている羊のタンは、上品とあっさりな食感。ふわっと柔らかく仕上げられたタンは、ほのかに香る羊の香りが処理の的確さを物語ります。
パンチャロートロは10時間低温処理されたバラの部分を炙って香ばしさを出した、最後を飾るのにふさわしい羊の香りが快い一品。羊は脂身だよなあ・・・と、しみじみ。そして最後は「シチリアではナスや夏野菜をはちみつで炒めて酢で仕上げる料理があるんです」とシェフより説明いただいたリカータ風カポナータ。シチリアは甘酸っぱい味が好きな地域だとか。甘くてさっぱりとしたナスや夏野菜そしてアクセントの松の実が最後にふさわしい味でした。
見た目も楽しく、一皿で様々な羊の部位や調理法を楽しめるこの「デグスタツィオーネ」は、今までになかったタイプの羊の楽しみ方で、ローストやラムチョップがメインとなることが多いヨーロッパ系羊料理で、この発想は今まで経験したことがなかったので、羊肉好きは是非経験したほうが良いです。ロカンダ・サン・ロレンツォが地元に根ざした料理旅館の伝統を維持しているお店ということで、お仕着せの料理にはない、料理に対する愛情と伝統も感じました。
こちら、夏バージョン(シチリア)は8月いっぱいまで、9月から秋バージョンとなり、今度はイタリア中部の味を組み込むそうなので、こちらも期待大です!
最後に、シェフに「羊肉とは?」とお聞きしたところ、「無限の可能性」との答えをいただきました。脂肪をトリミングすることにより、ひとつの部位でも様々に変化させることが出来るし、部位ごとの特徴が立つ羊肉は奥深く、様々な料理となることが可能であると。
お店自体はクリエイティブなイタリアンをコンセプトにしていますが、そのために伝統料理を調べればしらべるほど羊肉の料理が出てくるそうで、そこから羊肉の無限の可能性と伝統と奥深さを更に知ったとのこと。
取材後、雑談の時にも羊の話が続き、シェフ仲間とBBQをしたら羊をまるごと8時間かけて焼くものすごいBBQだった話や、山奥の家庭料理の店で食べた羊の味。羊の腸をそのまま焼いた料理や、街中で羊串がよく売ってる話など、羊話が続き、改めて、シェフの料理を愛する心と、好奇心がこの美味しい一皿につながるのだなと納得し、取材を終了することとなりました。
永島義国
1975年新潟生まれ。
19歳でイタリア料理人を志し、都内で修業をスタート。29歳で渡伊し、5年間でロンバルディア州、ヴェネト州、リグーリア州、エミリア・ロマーニャ州、トスカーナ州、シチリア州の星付きレストランなど計8店で修業。35歳で帰国し数店で勤務した後、2014年より現在の「サローネ2007」に入社、2015年5月からダブルシェフの一人として任命される。
2018年より、サローネ東京シェフに任命される。
【店舗詳細】
●店舗名:SALONE TOKYO
●電話番号:03-6257-3017
●料理ジャンル:イタリアン
●住所:〒100-0006 東京都千代田区有楽町1-1-2 東京ミッドタウン日比谷 3F 316
●営業時間
[ランチ]12:00〜15:00(L.O. 13:00)
[ディナー]18:00〜20:30(L.O. 20:00)
●定休日:無休
●座席数:42席
●個室の有無:あり(6人可)
●禁煙席有無:全席禁煙
●URL:http://salone.tokyo/
【店舗詳細】
この記事を書いた人
ラムバサダー 菊池 一弘
羊肉の消費者団体、羊齧協会創業者にして主席(代表)。
羊肉料理を素人がおいしく楽しく食べられる環境作りを行うべく、多種多様な羊肉普及のためのイベントを行う。
詳しいプロフィールはこちらから。